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おもひでぶぉろろぉぉん発掘作業記録

 おもひでぶぉろろぉぉんの読み返し作業は、2005年の9月に至り、つまり僕は21歳から22歳になったのだが、「purope★papiro★cantabile」において、9月までは日数よりも多い数あった記事数が、10月から一気に減った(7しかない)のを見て、これはどうも説明などは一切ないが(ホームページのほうで告知したのかもしれない)、この時期にブログサービスの移行がなされたらしいぞ、と察しをつける。いま「purope★papiro★cantabile」は、エキサイトブログに投稿されたものを読んでいるわけだが、それはドリコムが終了するにあたり、それまでの記事を移したものであって、実は僕には本式にエキサイトブログをがっつりやっていた時期というのはないのだった気がする(エキサイトブログと言えばファルマンだ)。  しかし「KUCHIBASHI DIARY」の開始は2007年の1月だし、手書きブログ「俺ばかりが正論を言っている」も2006年6月からと、どうにもここには隙間があるのだった。しかしこの作業を始めてから、だんだん脳の回路が開いてきたのか、当時の記憶がじわじわと思い出されてきていて、それからするとこの隙間を埋めるのは、「pee★pee★mur★mur」という、はてなダイアリーでやっていた日記なのだった。  そうなのだ、僕にははてなダイアリーをしていた時期というのがあったのだ。しかしその存在も、事実も、これまですっかり忘れていた。ブラウザの「papiro」フォルダには、歴代のほとんどのブログをブックマークしているつもりでいたが、なにぶん数が多いので、こんな見落としもどうしたって出てくる。たぶんこのあとも出てくるだろうと思う。  よしそれでは「pee★pee★mur★mur」を確認しようじゃないかと、そこに飛ぼうとする。よく見れば「cantabile」のサイドバーに「cozy sites」と銘打った、オリジナルのはてなアンテナがリンクされていた。自分のブログだけが登録されたはてなアンテナであり、ということはこれは、現在の「プロペ★パピロウのブログ投稿報告ツイートブログ」と、やろうとしていることはほぼ同じだ。昔からやっていることが変わっていないな。  その中に「pee★pee★mur★mur」もあったので、クリックする。すると「非公開です」みたいな文言が表示されて、内容を読...

2004年ブログ元年 おもひでぶぉろろぉぉん・1

 おもひでぶぉろろぉぉん、ということで、過去の日記を読み返している。まだ2004年を読み終えていない。2024年の20周年を照準に、こうして1年以上前から開始したこの企画だが、1年あまりで20年分の日記を読むなんて、けっこう困難なのではないかと思えてきた。なにしろ2013年くらいまでは、基本的に毎日更新だったのだ。だから文量がすごくあるのだ、と書こうと思ったが、実際に読んでいると、毎日更新を続けるための更新というのもけっこうあって、2行くらいのジョークなんかで済ましている日も少なからずある。そういう日々の記事と、最近の、3日や4日ごとの更新だが書き出すとやけに長々と書いていたりする記事では、実は文章量というのはそんなに変わらないのかもしれないと思う。  それにしても若い。青い。若いときはもっとひねくれているのかと思っていたが、感動したことにはきちんと感動したと言っていたり、社会の悪に対して義憤に駆られていたりと、想像よりもはるかに素直でまっすぐだ。今はもう、そういう感情をあまり抱かなくなったというのもあるが、抱いたとしても、ブログには書かない。これは僕自身の心境の変化ももちろんあるが、時世というのも大いにあると思う。この当時、ブログ、もといその言葉はまだあまり一般的ではなくて、「web日記」みたいな言葉で総称していたような気がするけれど、それが個人の運営するネット上の表現手段としてほとんど唯一だったため、なんでもかんでもがそこに綴られたのだ。今はその手の、社会との接触で感情が動いた主張みたいなものは、たぶんTwitterの領分になっていると思う。  読み返すにあたり、当時の社会のことや、インターネット世界のことなども、理解を深めるために併せて振り返っており、すると懐かしいワードがいくつも現れて、脳の中の納戸みたいな部分が揺さぶられる。  いま読んでいる2004年は、2月に「ふたりはプリキュア」が放送開始し、3月に江角マキコの年金未納騒動、4月に東京メトロが発足し、6月に鈴木福と芦田愛菜が生まれ、8月にアテネ五輪が開催され、10月にイチローが262安打、11月に紙幣が新しくなり(野口英世、樋口一葉)、12月にニンテンドーDSとプレイステーションポータブルが発売された。そういう年である。  インターネット世界、特にブログ界隈のことを見れば、2004年というのが実際ブログ...

流行語やいのやいの

 今年もあちらの新語・流行語大賞のノミネート語が発表されたので、僕も毎年恒例の、それに対してやいのやいの言うのをやろうと思う。年末なんですね。  予想はしていたが、野球関連語が多い。「BIGBOSS」は1年前の、ノミネート語発表の直前くらいに現れたので、時期があまりにも悪かったと思う。いまさら感がすごい。あと「大谷ルール」「きつねダンス」「令和の怪物」「村神様」あたりについては、毎年のことながら、この企画の主催者は野球が好きだなあ、という思いを抱いた。野球が好きな人たちにとっては、それらはたしかに大事なキーワードだったのだろうが、世間一般ということになると果たしてどうだろう。どうもあなたは、世間一般よりも、だいぶ人生における野球の比重が大きいようですよ。世間一般の人は、あなたほど野球のことで頭がいっぱいではないのですよ。  ただしこれも一応野球関連語ということになるだろうが、「青春ってすごく密なので」はよかった。決して流行したわけではないけれど、まあこの賞はほら、実は「名フレーズ大賞」だから。そういう意味で本当に名フレーズだったと思う。たぶんこれはベスト10に選ばれる。コロナがやっと落ち着いた区切りという意味でも、記念碑的に登壇させておきたいと考えるはずだ。ピイガがいま小学3年生なのだが、幼稚園の卒園式が、新型コロナウイルスのことが本格的に騒がれ始めたあたりのことだったので、そう考えるといまの中3、高3というのは本当に、中学校なり高校なりの3年間が、丸々コロナ禍だったのだな、ということを、この言葉で気付かされた。青春って密なのにね。  「インティマシー・コーディネーター」「OBN」「ルッキズム」あたりの言葉も、毎年恒例で、こういう問題意識を当団体はきちんと保持しております、というアピール枠だろう。ルッキズムはまあ何度か聞いたにしても、残りのふたつは完全に初耳だった。意識が低くていけませんね。その点、この団体はとても優秀ですね。  なかやまきんに君の「ヤー! パワー!」は、いいところに目をつけたな、と思った。やっぱりギャグ枠はあったほうがいいのだ。授賞式に芸人がいると、芸人は一応なんとかしてくれる。芸人じゃない人たちしかいない授賞式って、やっぱりどうしたってぜんぜんおもしろくない。2年前は、ギャグではないが、フワちゃんとヒロシがいた。その画は覚えている。去年はそれが誰...

アイアムインスタグラマー

 宣言通り、10月からインスタグラムを始めている。  インスタアカウントは「 jonifer_robin 」で、今のところ毎日投稿している。なので皆に、ダセえブログなんてものに固執し続けている皆に、謝らなければいけない。俺、インスタグラマーになったんだ。インスタグラマー。え、君たちブロガーなの? 俺? 俺はインスタグラマー。ほんでこれからインスタ女子と目くるめくはなやかな日々が始まるってわけ。  ところで初日の投稿の際にびっくりしたのだが、ここでさんざん、陰茎のことをなんと表記するか、睾丸と陰嚢のことをなんと表記するか、どう表記すればインスタ女子から嫌悪されないかと考えを巡らせたわけだが、インスタグラムの投稿における文章って、あれ「キャプション」って言うんですよ。画像をアップして、その調整とかをしたあと、最後の最後に、「なんならキャプション付けたりします?」くらいの感じで受け付けられる。文は、そのくらいの立ち位置なのだ。実際、他の人の投稿を見てみると、なるほどキャプションである。あるいはハッシュタグ置き場だ。投稿を並べて表示しても、きちんと出てくるのは画像ばかりで、文のところはすぐに「続きを読む」にされる。なんだかものすごく虐げられている。たぶん、九州の田舎から東京に出てきて、初めて原宿の美容院とかに行ったらこんな気持ちなんだろうな、などと思った。それまで自分の大事にしてきたものが、新しい世界ではすごく軽薄に扱われていることに、戸惑いと焦燥と切なさと、そしてある種の高揚感がある。おら、とんでもねえところに来ちまったな、でもやるしかねえべ! みたいな。  それとインスタグラムはSNSなので、フォローしたり、いいねを送ったりして、方々に顔を売り、逆に返してもらって、そうやってつながりを増やしていくというのが常套のようだが、もちろんそんなことをするつもりはない。決して斜に構えているわけではない。フォローしない(だけどフォローはされる)のがかっこいいと思っているわけではない。これに関してはツイッターのときから、もといブログの時点で、判明していることだ。能力不足だ。僕にはその種の能力がないのだ。インターネットコミュニケーション能力とでもいうものが、欠落している。これはもうどうしようもないことだ。それに付随して、投稿へのコメント機能もオフにしている。こうなると、いよいよお前いっ...

インスタ事前会議 完

 組織委員会会長の独断で「宝玉袋」に決まりかけた前回の会議であったが、よく見れば会長に向かって万歳三唱をしていたのは男性ばかりで、女性はひとりもしていなかった。そしてそのあと女性陣から反対意見が次々に挙がり、議論はさらに紛糾することとなった。これについて会長は会議後、「女性の多い会議は長く時間がかかる」という趣旨の発言をし、それが内外で問題視されたことにより、会長職の辞任を余儀なくされた。  というわけで振り出しに戻ってしまった、「陰茎部分の肉棒に対し、陰嚢部分、その中身と外側を併せたものを、インスタグラムでなんと呼ぶか」問題。  しかし会長不在のまま再度開かれた会議において、思いもよらない意見が現ぜられた。案出したのは39歳になったばかりだというブロガー、purope★papiro氏である。 「「金玉肉袋」はどうでしょう」  前回、3字というのはいかがなものかと論議されたこのテーマに、まさかの4字案。議場が大きくざわついたのも、むべなるかな。しかしそのファーストインパクトが嚥下されると、やがてあちこちからじわじわと、「ほう……」「なるほど……」「たしかに……」などの声が漏れ始めた。  金玉肉袋。  肉袋、金玉、肉玉、玉袋、金玉袋など、ここらへんの字を使えばいいのではないかという予感はありつつも、どれも決定打に欠けた言葉たち。この不足感を解消するためにはどうすればいいのか。全部ひっくるめればよかったのだ。  金玉肉袋。 「一見過剰のように思えるが、しかし4字のうちどれも省くことはできない。安定しているということだ」 「肉棒が1本で2字なのだから、2個あるそれが4字を使用することは言われてみればなんら不自然ではない」 「肉が効いている。肉がかすがいとなり、金玉肉、肉袋、どちらにも寄り添っている。肉棒との調和もある」  評議員たちは、今度は忖度なく、素直な心で次々に賛辞を寄せた。  ここで決が採られた。金玉肉袋に賛同する者は挙手という呼びかけに、手を挙げぬものは皆無であった。かくして金玉肉袋という結論が導き出され、会議は万雷の拍手とともに閉会した。  ちなみに金玉肉袋のイントネーションは、「思ひ出ぽろぽろ」の、「三色すみれ風呂」のそれでお願いしたい。  肉棒と金玉肉袋を引っ提げて、いよいよインスタグラムに挿入開始だぜ!

続インスタ事前会議

 なにが嫌って、「おっさん古くて寒い」と思われるのが本当に嫌で、それを回避したい一心なのだ。具体的に言うと、ふっくんのブログみたいな、ああいう類の印象を、インスタ女子に抱かれたら、もう生きていけない。そのためにはやはり、はしゃぎ過ぎたらダメだと思う。「本日も願晴りやしょう~~~」とか言ったら本当にダメなのだ。ふっくんのブログは、おっさんとしてのダメの見本みたいなところがあるので、定期的に眺め、他山の石とするのがいいと思う。よくラジオの投稿とかで、一人称「おいら」でクソどうでもいいエピソードを語るおっさんがいるけれど(これは特定の誰かというわけではなく、どの局のどの番組にもいる)、あれも同じだ。おっさんのその種の稚気というのは、本当に見苦しいと思う。  そういう意味で、前回の会議で発出された陰茎の呼び方、「肉棒」は、じわじわと染み入るように、適当なのではないかと思えてきた。肉棒には、はしゃいでいる部分がない。その部分を示すためには使わざるを得なくて使っている、という無機質な風味があり、しかしその一方でガチガチの官能小説用語なので、淫靡さも漂う。だとすればそれは、色気だ。考えれば考えるほど、おっさんがインスタ女子に向けて陰茎のことを語ろうとしたとき、用いるべき言葉は肉棒以外にないような気がしてきた。  この調子で、さて今回の議題は陰嚢である。こちらでも肉棒のような言葉にたどり着きたいものである。  僕はわりとこれまでのブログで、陰嚢という言葉を使ってきた。わりと好きなのだ。字面もいいし、語感もいい。しかし使いながらいつも頭のどこかで、「陰嚢と僕が言っているとき、ちんこの陰茎以外の部分全体のことを指しているということが、読んでいる人間にはきちんと伝わっているだろうか。睾丸を包んでいるものが陰嚢なので、ただ陰嚢と言うだけでは、睾丸を除いた袋の部分のことだけを指していると思われてやしないだろうか」という疑念があった。細かいが、大事な部分だ。インスタ女子もまた、陰嚢だけでは睾丸が除外されていると捉えるかもしれない。だから「陰嚢」は使えない。そもそも陰茎部分を陰茎と呼ばないのに、陰嚢は陰嚢だなんてバランスが悪い。なのでやはり別の言葉を用いるべきだ。  まずオーソドックスに思い浮かぶのは、「玉袋」だ。しかしこれもまた、袋の部分しか指していない。〇袋は、どうしたってそうなる。肉棒に対...

インスタ事前会議

 インスタグラムを始めるのだと宣言したきり、一向に実行に移す様子がない。そのためにスマホを買ったのではなかったか。いったいどうしたというのか。本人(心の内)に訊ねたところ、「綿密な下準備をしているのだ」という返答である。しかしインスタグラムとは、スマホでペッペッペーって撮った写真を、スマホからペッペッペーってアップする、どこまでも気軽な、シナプスを一個も使わないでできるSNSサービスではなかろうか。だから世界中で流行っているのだろう。それのどこに下準備が必要だというのか。さらに本人(心の内)を追求することにする。  やろうとしているインスタグラムは、自作したショーツをマネキン(ジョニファー・ロビン)に穿かせ、その画像ばかりをひたすらアップし、併せてショーツ製作にまつわる、いわゆるこれまで「nw」で行なっていた、「 ビキニショーツ製作漫談 」みたいな内容のことを朗々と述べていく、というものである。もうこんなん、バズるに決まってる。インスタ女子という、ブログやツイッター界隈の、垢抜けない、ラジオとか聴いてそうな、すぐにサブカルの話をするタイプの女とはぜんぜん違う、健全な、明るい、ナイトプールとかに行く、スタイルのいい女子たちから、ものすごくモーションをかけられるようになると思う。  それで、せっかくテーマが一本に絞られているのだから、統一性を重視し、用いる言葉が途中で揺らがないようにしたいと考えている。だってそのほうが風格が出るだろう。場当たり的にどうでもいいことをダラダラ垂れ流すのではなく、しっかり理念を持って、いっぽん筋を通したい。そのほうがきっと文章を読んでいて心地よく、よりインスタ女子の嗜好に訴求し、バズりやすいと思う。だから実際に始める前に、そのあたりの、言わば「設定」をしっかりと詰めておきたいのだ。  まず、先ほどもチラリと出たが、「ビキニショーツ」という言葉である。これまでは自分が作る下着のことをそう呼んでいたが、これは「ショーツ」にしようと思っている。ビキニはいらない。男性用ビキニショーツというと、ブーメランパンツ的な、むしろ露出することを目的にした風味が出てくる気がして、いつからか違和感を抱くようになっていた。僕の作るそれは、面積は小さいけれど、別に露出が目的ではなく、あくまで実用的な、デイリーなものである。面積が小さい下着を穿いた男のどーだ!感につい...