インスタ事前会議

 インスタグラムを始めるのだと宣言したきり、一向に実行に移す様子がない。そのためにスマホを買ったのではなかったか。いったいどうしたというのか。本人(心の内)に訊ねたところ、「綿密な下準備をしているのだ」という返答である。しかしインスタグラムとは、スマホでペッペッペーって撮った写真を、スマホからペッペッペーってアップする、どこまでも気軽な、シナプスを一個も使わないでできるSNSサービスではなかろうか。だから世界中で流行っているのだろう。それのどこに下準備が必要だというのか。さらに本人(心の内)を追求することにする。
 やろうとしているインスタグラムは、自作したショーツをマネキン(ジョニファー・ロビン)に穿かせ、その画像ばかりをひたすらアップし、併せてショーツ製作にまつわる、いわゆるこれまで「nw」で行なっていた、「ビキニショーツ製作漫談」みたいな内容のことを朗々と述べていく、というものである。もうこんなん、バズるに決まってる。インスタ女子という、ブログやツイッター界隈の、垢抜けない、ラジオとか聴いてそうな、すぐにサブカルの話をするタイプの女とはぜんぜん違う、健全な、明るい、ナイトプールとかに行く、スタイルのいい女子たちから、ものすごくモーションをかけられるようになると思う。
 それで、せっかくテーマが一本に絞られているのだから、統一性を重視し、用いる言葉が途中で揺らがないようにしたいと考えている。だってそのほうが風格が出るだろう。場当たり的にどうでもいいことをダラダラ垂れ流すのではなく、しっかり理念を持って、いっぽん筋を通したい。そのほうがきっと文章を読んでいて心地よく、よりインスタ女子の嗜好に訴求し、バズりやすいと思う。だから実際に始める前に、そのあたりの、言わば「設定」をしっかりと詰めておきたいのだ。
 まず、先ほどもチラリと出たが、「ビキニショーツ」という言葉である。これまでは自分が作る下着のことをそう呼んでいたが、これは「ショーツ」にしようと思っている。ビキニはいらない。男性用ビキニショーツというと、ブーメランパンツ的な、むしろ露出することを目的にした風味が出てくる気がして、いつからか違和感を抱くようになっていた。僕の作るそれは、面積は小さいけれど、別に露出が目的ではなく、あくまで実用的な、デイリーなものである。面積が小さい下着を穿いた男のどーだ!感については、ビキニショーツ製作漫談でも何度も忌々しく語った。忌々しく語りながら、タイトルの中の「ビキニショーツ」という言葉から、それが漏れてしまっていた次第である。なのでこれはもう自然体で、「ショーツ」だ。セックスアピールの意図などない。そのセックスアピールの意図のなさに、男性性のぎらぎらした、エグザイル的な、分かりやすいフェロモンに動物的に反応していたインスタ女子たちは、心の奥のピュアな部分を突かれ、逆にジュンとするのではないかと思う。
 次にちんこである。オリジナルショーツの製作漫談なので、どうしたってちんこに言及することは避けられない。それもただのちんこではなく、精細に、陰茎と陰嚢、それぞれについて個別に語ることだってある。それぞれをどう収めるかに、ショーツ製作の骨子がある。それではそれらをどう呼ぶか。どう呼べば、インスタ女子に引かれず、むしろ好意を持ってもらえるだろうか。
 この命題をここ最近は熱心に考えていた。その思考の中で、発見したことがある。
 「男根」という言葉があり、それはこれまで考える余地もなく、陰茎のこととして捉えていた。関連語に「巨根」もあり、これは明らかに陰茎のことを指している。しかしながら、「根」という意味を考えれば、陰茎よりもむしろ陰嚢のほうが、男の根っことしては、ふさわしいのではないか、ということである。根っこから供給されたものですくすく育つのが陰茎だろう。それではなぜわれわれは、それに対して「根」という文字を用いていたのか。これは何日間か考えて、こんな仮説を打ち立てた。
 われわれが男根、巨根と語るとき、この「根」に「棒」のようなイメージを纏わせていたが、それは「棍」と混同してしまっているのではないか。
 「棍」とはなにかと言えば、「こん棒」の「こん」である。あるいは「三節棍」でもいい。漢語林にあたったところ、この「棍」の字義はまさしく「棒」である(だから「こん棒」はチゲ鍋のように、サハラ砂漠のように、同じことを2回言っている)。ここから「根」に対して棒のイメージが発生したのではないか。特に「巨根」の存在が怪しい。「男根」は、たぶん古くからある言葉で、そもそも陰茎のみを指していたわけではないと思う。「男根崇拝」と言うとき、それは男性器全体のことを指していたに違いない。しかしそれの大きいものを指すときに「巨根」と誰かが言ってから、だんこん、きょこんの「こん」が、「棍」と混同されるようになって、今日のようにそれが棒状の陰茎のみを指すように変化していったのではなかろうか。そう考えると、いま「男根」という言葉は使いづらい。男性器全体を指しているのか、陰茎部分のみを指しているのか、人によって理解が異なってしまう恐れがある。
 えっと、なんの話だったっけ。ああそうだ、インスタ女子にバズられたいという話だった。
 「巨根」はおそらく官能小説的なジャンルが作り出した言葉だが、同じく官能小説発で、疑いようもなく棒状の陰茎部分のみを指す言葉として、「肉棒」がある。これなんかどうだろう。悪くはない。肉の棒。そのまんまである。官能小説という出自や、女の下の口に喰わせてやるもの的な雰囲気も相俟って、下劣な感じも多少あるが、字面が簡潔であっけらかんとしているので、平然と使っていれば、使っているうちに灰汁が抜けて、しなやかな口当たりになりそうな気もする。……行くか? 行けるか? インスタで肉棒、行けるか? とりあえず暫定席に座っておいてもらおう。
 陰茎部分がひと段落ついたので、次は陰嚢ということになる。陰嚢をどう呼べばインスタ女子はなびくのか。しかしこれについては、長くなったので、記事を分けることとする。会議は続く。