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6月, 2023の投稿を表示しています

無職日記完結 ~おもひでぶぉろろぉぉん~

 1ヶ月ほど前から始めた、22歳の春の手書き日記読み返し作業を、6月末日の今日で終わらせることにする。読んでいると胸がいっぱいになるのであまりハイスピードで読めない、ということを前から言っていたけれど、どうもこの作業の乍中にある限り、当時のしょっぱい気持ちは精神に影響を与え続けるようで、早く断ち切りたいと思ったのだった。  5月の後半、僕はとある町の書店の契約社員の募集に応募し、面接の末に落とされていた。このあと結果的には別の書店で働くことになるわけで、もしもここに採用されていたら、よほど社風や人間関係などに恵まれない場合でない限り、しばらく働いていた可能性はある。同じ書店業でも、勤務地が違えば、そこから派生するさまざまな事柄が変わっただろう。世界はパラレルワールドだらけだ、ということをしみじみと思う。  この面接の際、その町でたまたま大学時代の同級生の姿を見つけたが、なんとなく引け目があって話しかけれなかった、ということが書いてあった。しょっぱいなあ。     好もしく、罪のないものが好きだ。落ちついて考えれば悲壮になりやすい人生を、軽妙に生きたい。(5月26日)  なんだか心配になるほど、すっかり弱気だ。この時期、落語や、ジョークの本や、武者小路実篤なんかを読んでいる。よほど傷つきたくなかったのだろう。人間社会における、少しの悪意も目の当たりにしたくなかったのだろう。分かるよ。分かるけど、ダメだよ。  このあと僕は、また別の書店に応募する。ファルマンが新聞かどこかから募集を見つけてきた、ということが記録してあった。結果的にここに採用され、2ヶ月あまり続いた無職生活は終わりを迎えることとなる。  なにしろ生活の見通しが立たない日々だったので、そこから解放されたことに僕は大いに喜んでいた。ファルマンと飲みにも行ったし、実家の面々からも喜ばれた。祖母からは就職祝いを贈られる。   卒業と就職のタイミングを分けたことにより二度もらうというトリック。わーい。(6月2日)  うっせえよ、と思う。なんか自分が相当なダメ人間のように思えて、本当に気が滅入る。当たり前と言えば当たり前だけど、今の僕は、このときの僕に較べて、だいぶ分別がついた。そのことが実感できるという面では、この読み返し作業も、精神的にプラスの作用があると言えるかもしれない。  最後の193枚目は、6月5日に書か

よくない5月中旬 ~おもひでぶぉろろぉぉん~

   もうすぐ夏がやってくることにふと気が付いた女の子の、その気持ちのふわふわとしたドキドキを、一緒にどうやって言葉で表そうかと思案して話し合いたい。どうしてそんなに私の気持ちが分かるんですか、と逆にそのことを疑問にされたい。そんなふうに思う。ああ、女子校教師になりたいなあ。進路について話し合いたい。少女の夢を聴きたい。年賀状欲しい。っていうかもう愛の告白をしよう。具体的なモデルもなく、少女という抽象的な概念に対して告っちまおう。好きだ。ずっと前から好きだった。  というのが121枚目だった。5月13日のこと。絵に描いたような現実逃避。全体的に気持ち悪いが、この中で最も気持ち悪い部分は、実は「年賀状欲しい。」の部分ではないかと思う。肉体的にどうこうということではなく、年賀状を求めるその感じ。絶妙な気持ち悪さだ。  この時期、就職活動がにっちもさっちもいかず、暇を持て余す日々が続いている。図書館では落語の本やCDを毎日のようにせっせと借りているほか、この数日前にはとうとうあの、レゴのような同じ形のパーツを折り紙で無数に折り、それを組み立てることで鶴の形に仕立てるという奇行に僕を走らせた例の本、「ブロック折り紙」を借りてしまっていた。あああ。  読んでいると、本当にこの時期の僕は建設的なことをしていない。手芸も、消しゴムハンコも、まだ僕の人生には登場していない。落語を聴いて、鶴を折って、日記を書いている。ただそれだけの日々。あまりに不健全なので、時間はたっぷりあるのだから、せめて体を動かしたり筋トレをしたりしたらどうだ、と今の僕は無責任に思ったりするけれど、無職の時期こそ、なかなかそういうことをする気にはならないのだということも、一方でもちろん僕は知っている(無職に関しては経験豊富なので理解がある)。  そもそも17年前は、今ほど筋トレというものが一般的ではなかった。なかやまきんに君は完全にイロモノで、ムキムキの筋肉というものは、ちょっと気持ち悪いものというイメージさえあったと思う(しかしこのときからきんに君はまったくブレることなく同じ芸を続け、そして最近になってようやく時代がきんに君に追いついた。そう考えると本当にすごいと思う)。筋トレじゃなくても、お前には水泳という手があったではないか、というのも、今の僕なら発想するのだけど、子どものときスクールに通っていたため唯一

MGW ~おもひでぶぉろろぉぉん~

 2006年の手書き日記は、4月から5月へと進む。  4月の終わりに僕は、別の会社の面接を受けていた。そりゃそうだろ、逆にそのときのお前にそれ以外にやるべきことがないだろ、という話ではあるのだが、身内(本人)びいき褒めておこうと思う。えらい(在学中にやってたらもっとえらい)!  前回の所が、それなりに企業っぽい、スーツで働くような会社であったのに対し、今回の所は、マンションの一室をオフィスとする、編集プロダクションであったようだ。ものすごくうっすらとだが、面接のときの記憶がある。「仕事してて、気づけば零時を過ぎてる、なんてことがよくあるよ。でも案外気にならないよ」みたいなことを言われ、衝撃を受けたのだった。  いまから見れば、勤務時間もなにもないだろう、保険なんかもしっかりしてないだろう、そしてちょっとなにかあったら簡単に消し飛ぶだろう、そんな所、絶対によせよ、と思うのだが、やはり藁にも縋る思いだったのだろう、採用通知があれば受けるつもりだ、と僕は記している。  結果はめでたく不採用で、これはイソップ童話の「すっぱい葡萄」でもなんでもなく、本当に落ちてよかったと思う。文芸学科卒が、編集プロダクションで、零時まで働かされるなんて、そんなのやりがい搾取以外の何物でもない。もしも採用され、勤めてしまっていたら、いったいどんなことになっていただろう。別に、ここで搾取されなかったことで、その後さまざまなことが順風満帆に進んだということも決してないのだが、それでもかなりの確率で、いまよりもよくない未来になっていたんじゃないかなー、という気がする。  ちなみに会社名や所在地で検索したところ、それらしいものは出てこなかった。でもこれは当たり前のような気もする。結局、会社というより、中心となる人物と、その周辺のライターたち、みたいな感じの共同体だったんじゃないかと思う。危い存在だな。  かくして僕の無職生活はまだ続く。  5月に入り、GWに突入する。M(無職)GWである。健全な勤め人であるファルマンは4泊5日で実家に帰省してしまったため、仕方なく僕も、無意味に1泊2日で横浜の実家に帰っていた。よく顔を出せたと思う。大学を卒業し、家を出て、しかし就職はしていない、という状況なので、帰るほうも迎えるほうも、なんとも言えない感じだったろうなあ、と思う。  実家には祖母もいて、途中で姉もやっ

達せない深度と屈託 ~おもひでぶぉろろぉぉん~

 4月に入り、(当然ながら)普通に就職したファルマンはフルタイムで毎朝出勤し、無職の自分ばかりが時間を持て余すという、ものすごく嫌な日々が繰り広げられる。  9日の日記にこうある。 「なんか頭というか目というか喉のあたりに重みがあるな。リラックスできてない感がある。なんでなのだろうな。ちょっとそのこともあり、これまでの1週間はずっとファルマンの家のほうで寝ていたのだけど、回数を減らすことにした。やっぱりなんだかんだで自宅のほうがリラックスできるというのはあるのだと思う。また、夜をひとりですごさなければ達せない深度というのもきっとあるんじゃないかと思ったりする。」  うっせえよバカ、と思う。確認したところ、3日がファルマンの初出勤で月曜日で、9日というのは日曜日である。そして日曜日の夜に、僕はこれを書いているようだ。勤め始めたファルマンが日曜日の夜に憂鬱になるのなら分かるが、なんでお前がサザエさん症候群になるのか。でも分かるよ。ファルマンだけが出勤し、自分はまたあてどもない膨大な平日の時間を過さなければならないという、罪悪感なども入り交じった複雑な感情なのだよな。前に読んだブログで、そのブロガーの人も無職の期間があったのだが、その中で「土日は大手を振ってダラけていいから気が楽」という内容の記述があって、なるほどなあと思った。  これを記述し、実際ここから5分の4同棲がどういう体制になったのか、続報がないのでよく判らない。ファルマンに訊ねたら、当時のことは覚えていないけど、という断りのあと、「そんなこと言われたらすごくムカつくと思うからキレたんじゃないかな」とのことで、たぶん実現しなかったんだと思う。それでよかった。この暮しで、朝に出勤していく恋人を見送る引け目から逃げ、夜更かしし、寝坊し始めてしまったら、もうおしまいだ。  そして明けて10日。たぶんファルマンを見送ったあと、僕はこう書く。   「就職がしたい。昼間に茫洋と部屋にいるのも嫌だしお金も必要だし、とにかく働くべきだと思う。アルバイトは高校時代からしてきたじゃないか。働くことそのものは決して嫌いじゃないのだ。  なにが嫌いって、就職活動がぼくは要するに嫌なんではないかと思う。人見知りに加え変にプライドが高いから、積極的に相手に気に入られる態度というものを取ることが難しいのだ」  この性分は、さすがに今は少しは