達せない深度と屈託 ~おもひでぶぉろろぉぉん~

 4月に入り、(当然ながら)普通に就職したファルマンはフルタイムで毎朝出勤し、無職の自分ばかりが時間を持て余すという、ものすごく嫌な日々が繰り広げられる。
 9日の日記にこうある。

「なんか頭というか目というか喉のあたりに重みがあるな。リラックスできてない感がある。なんでなのだろうな。ちょっとそのこともあり、これまでの1週間はずっとファルマンの家のほうで寝ていたのだけど、回数を減らすことにした。やっぱりなんだかんだで自宅のほうがリラックスできるというのはあるのだと思う。また、夜をひとりですごさなければ達せない深度というのもきっとあるんじゃないかと思ったりする。」

 うっせえよバカ、と思う。確認したところ、3日がファルマンの初出勤で月曜日で、9日というのは日曜日である。そして日曜日の夜に、僕はこれを書いているようだ。勤め始めたファルマンが日曜日の夜に憂鬱になるのなら分かるが、なんでお前がサザエさん症候群になるのか。でも分かるよ。ファルマンだけが出勤し、自分はまたあてどもない膨大な平日の時間を過さなければならないという、罪悪感なども入り交じった複雑な感情なのだよな。前に読んだブログで、そのブロガーの人も無職の期間があったのだが、その中で「土日は大手を振ってダラけていいから気が楽」という内容の記述があって、なるほどなあと思った。
 これを記述し、実際ここから5分の4同棲がどういう体制になったのか、続報がないのでよく判らない。ファルマンに訊ねたら、当時のことは覚えていないけど、という断りのあと、「そんなこと言われたらすごくムカつくと思うからキレたんじゃないかな」とのことで、たぶん実現しなかったんだと思う。それでよかった。この暮しで、朝に出勤していく恋人を見送る引け目から逃げ、夜更かしし、寝坊し始めてしまったら、もうおしまいだ。
 そして明けて10日。たぶんファルマンを見送ったあと、僕はこう書く。
 
「就職がしたい。昼間に茫洋と部屋にいるのも嫌だしお金も必要だし、とにかく働くべきだと思う。アルバイトは高校時代からしてきたじゃないか。働くことそのものは決して嫌いじゃないのだ。
 なにが嫌いって、就職活動がぼくは要するに嫌なんではないかと思う。人見知りに加え変にプライドが高いから、積極的に相手に気に入られる態度というものを取ることが難しいのだ」

 この性分は、さすがに今は少しは軟化したけれど、それでも残っている。完全に消えはしない。要するに「屈託」だ。プライドの高さというよりも、壁だと思う。他者を受け入れない、だから集団が作り出した制度も信用しない。僕の人格を形成するこの「屈託」は、果たしてどのタイミングで発生したものなのか。その答えは、たぶん生まれたときからだ。童貞をこじらせたことも、両親の離婚も、実はあまり関係ない。「屈託」は、「品」などと同じで、持って生まれるものだと、40年近くを生きてきて、思う。
 続いて12日。ようやく就活のアクションが窺える記述が。
 
「◎◎(会社名)から電話が来る。昨夕。速達って午前に出せば午後に届くんだな。郵便も迅速なら会社も迅速。来週の月曜に面接に行く。」

 そうなの? 速達ってそんななの? 都会だけの話? 昔の話? 午前に速達で出して、午後に会社に届いて、その夕方に面接の連絡を寄越してきたのか。ここに来て異様にスピーディーな展開である。
 「来週の月曜に面接がある」という予定が、安心感というか、いま自分が置かれている状況に対しての大義名分になったのだろう、ここから少し心が軽くなった様子が見える。14日の記述である。

「金曜日か。今週としては◎◎の面接の日取りが決まっただけでよしとするか。実際なんというか今日に唐突に思ったのだけど、なんだまだ4月14日なんじゃないか。この日々いろいろ悩んだけど、でもそれって振り返って眺めればその程度の短い日々のことなのだね。なんだか急に楽になった。大きなスケールで捉えれば、つらいあらゆることは解決されるのではないか。そのように思った。ふっ切れた。」

 たぶんふっ切れてはいないはずだが、あえて本音以上のことを書いておこうと思ってそう書いたのだろうと思う。愛しい。
 そして月曜日、17日に面接を受けた。

「面接は、どうだろうな。難しい。合否の連絡は一両日中。相変わらず早い。よいことだ。また合格の場合は来週の月曜に2次試験だそうだ。そうか、2次試験か。」

 2次試験、と思う。嫌な言葉だな。いつだって、2次試験で落ちるくらいなら1次試験で落ちたほうがいい。第一印象で「無理!」と拒まれたほうがダメージが少ない。しっかり吟味して落されるというのは、ぜんぜん救いがないと思う。
 そして幸いなことに。

「ようやく1ヶ月くらいか。なんか密度高いな。学生中とぼくの場合ほとんど現在のところ生活が変わっていない気もするんだが、しかし長かった。まだひと月!? という感じ。
 そう言えば◎◎は落ちた。履歴書が返ってきた。封筒にただそれのみ、言い訳的なプリントの1枚も封入されていない非常識さから考えれば、まあ落ちてよかったさと言いたい。ふーんだ。
 まだ1ヶ月でもう1ヶ月で、1ヶ月が1ヶ月であると思う。」

 不合格だったのである。これが21日。
 ちなみに会社名で検索をして、潰れてたらいいなあと思ったのだが、なんかまあ存続しているようだった。もちろん、いまさら落とされたことに怨嗟があるわけではないが、せっかくだから、というくらいの軽い願望である。そういうもんだろう。
 かくしてこの期間はまだまだ続く。193枚のカードのうち、実はまだ60枚である。本人がしつこく言っているように、まだ1ヶ月なのである。