パピロウと女子中高生 ~おもひでぶぉろろぉぉん~


 2008年の3月に、ファルマンの下の妹がわが家に泊りに来ていた。大学合格が決まり、東京に住む姉カップルのもとに遊びに来たのだった。
 このとき僕は、16年後の僕が読んでドン引きするくらい、興奮している。

 義妹が我が家にやってきた。かわいい。ひどくかわいい。これがティーンのかわいさというやつか。僕の想像していたティーンのかわいさは、きっと世の男性の抱く想像の5割増しくらいだと思われるが、現実はそれのさらに上を行っていた。本当にかわいい。やけにかわいい。なんだろう、俺はこのかわいさをどう処理すればいいんだろう。ねえ、一体どうすればいいの?

 別に実際の義妹の容貌のことを否定するわけではないけれど、このときの僕は、たぶん義妹のことをそんなにきちんと見ていないと思う。もう「義妹」の「じょっこ(女子高生)」という、要素だけでどうしようもなくなっているに過ぎない。

 義妹とファルマンと3人で上野動物園に行った。天気は快晴。まさか自分の人生が、女子高生と上野動物園に行く幸運に恵まれるほうの人生だとは思っていなかった。

 だけどしょうがないとも思う。なにしろ男子校出身の24歳の男なのである。実姉はいるが、いや実姉がいるからこそ、妹というものに余計に幻想を抱いていたきらいがある。女には、年上の女と、同い年の女と、年下の女がいて、姉とファルマンによって前のふたつが潰されていたので、僕に残された希望は最後のひとつしかなかったのだ。

 3姉妹の末っ子である彼女は甘えん坊で、甘えん坊でそして義妹なので、義兄の僕との距離感は、なんかドキドキするような微妙な振り幅があると思う。他人のような、兄妹のような、友達のような、恋人のような。そんな確定しない感じ――。とりあえず土産物屋で動物の耳付きのカチューシャがあったので、虎だのパンダだのの選択肢がある中で吟味に吟味を重ね、レッサーパンダのそれを買ってプレゼントした。レッサーパンダ耳の義妹! この写真、おにいちゃんデスクトップに設定して毎日眺めちゃおうかな!

 この日記を書いた当時は、ただスカッと「気持ち悪い!」で済んだことだろうと思うが、このあと僕とファルマンは結婚し、それにより正式に義兄・義妹の関係となり、そしてこの姻戚関係はずっと続いてゆくわけで、16年後の現時点で、われわれは40歳と34歳である。どだい無理な話だと分かってはいるが、今後長い付き合いになるのだ、中年になっても年寄りになってもこの相手とは付き合ってゆくのだという発想がわずかでもあったらば、このときもう少し貞節のある、冷静な接し方ができたのではないかと思う。
 このあと僕は別れ際に、合格祝いというか新生活に向けてのプレゼントとして、ロフトだかハンズだかに行って、なにを贈ったのかと言えば、これはもう未来の特別番組「パピロウふしぎ発見!」の設問にしてもいいと思うのだが、正解は「お風呂で体を洗うためのスポンジ」で、こんなに気色悪い贈答品を僕は他に知らない。

 新生活を送る義妹の体躯を、僕のあげたスポンジが優しく撫でてゆくのだと考えると、これほど効果的な贈り物はないと思った。「これがいい」という義妹の言葉を無視して「これになさい」と、デザインまで自分の好みに合わせた。もはや彼女の体を洗うのは彼女ではない。僕だ。

 一連の日記の中に一言でも、「ってこんな俺キモ過ぎ!?(笑)」みたいな記述があれば、いくらか救われるのだけど、そんなものは一切ない。淡々と、真摯に、どうしようもない内容をハイテンションで綴っている。でもあまりにもしあわせそうなので、もう16年後のこちらとしても、もちろん呆れつつ、力技で「ならよかったね」と言わざるを得なくなる。
 折しも、学年題を日々せっせとやって、女子中高生に対して意識が高かった時期である。

 高3のはずの下の義妹は、なんか想像していた高3よりも子どもだった。学年題に照らし合わせれば、ほとんど中3的とも言える感じ。思うにそれは彼女が3姉妹の末っ子だからなのだろう。学年題の高3は、「中1から高3までの6人の少女」という中での高3になるので、どうしたって役割としては大人びなければいけなくなる。でも本当はそうとも限らないんだ、と気づいた。

 義妹との邂逅は、学年題の提唱者としてのフィールドワークでもあったのだ。「でも本当はそうとも限らないんだ、と気づいた」と、さも大発見のように述べているが、今後このときの知見が活かされたとも思えない。
 僕の女子中高生との触れ合いは、このあとからずっと途絶え、そして去年から実の娘が女子中学生になった。2年後は女子高生だ。気づけば一世代進んでしまった。なんだこれは。大河か。僕と女子中高生の織り成す大河ロマンなのか。