23歳の1月を、40歳の2月に振り返る ~おもひでぶぉろろぉぉん~

 本当にサボり始めて、お前いったい何ヶ年計画でやる気なんだよという様相を呈している「おもひでぶぉろろぉぉん」なのだが、重い腰を上げてやったらやったで意外とおもしろいのだ。じゃあもっと盛んにやれよという話だが、セックスだって、どんなに愉しくたってずっとやれるわけじゃないだろう。タイガーウッズじゃないのだから。
 読み返しは前回の記事で書いた通り、2007年に入ったことで、「KUCHIBASHI DIARY」というメインブログが爆誕したので、作業がかなりスムーズに進むようになった。その他のブログもたまにやっていたりするのだが、そういう日は毎日更新をモットーとしていた「KUCHIBASHI DIARY」が物理的にろくに書けなくなるので、言い訳のように「今日はこれを更新した」などというふうにリンクが貼ってあるので、17年後の自分に対してとても親切である。23歳の僕は、未来のこの企画のことを予測していたのかもしれない。
 1月末日までの読み返しを終える。いまこの記事を書いているのが2月4日なので、1月を終える感じというのは、ちょうど真に迫って感じられる。

 年が明けてから4月までの、要するにこの1、2、3月というのは、なんだか環境がやけに落ち着いていて、冷静にさせられる気がする。「年内」の突き進んでゆく感じはここにはなく、それは4月以降から始まるものだからそれ以前の我らには関係がなく、なのでここはなんだか異質であると思う。異質な地点から自分の4月から12月までの生活とかを見つめる、これはそういうための期間なのか。だとしたらよくできている。3ヶ月間はなにかをどうにかするにはわりと十分だろう。

 31日の本当に締めの記事にあったこの文は、なんとなく分かる部分もあるし、少し感覚が違うなと思う部分もある。23歳なので、まだ学生時代の「学期」の考え方が残っている気配がある。あと1月に限ってのことだが、後年この月は、上旬と下旬に、ふたりの娘の誕生日のある月になったため、ふわふわとした印象の月ではぜんぜんなくなった、というのもあるだろう。当たり前だが、当時の僕にとって、1月4日も22日も、ぜんぜん特別な日じゃない。4日は初出勤のあと、池袋から目白までひと駅分の散歩をしていた。22日は、チョコパイを常に持ち歩きたいけど潰れてしまうので適当なケースがあればいいのに、という悩みを吐露していた。あまりにもぜんぜん特別な日じゃないな。
 ちなみにこの1月のトピックスとしては、26日に、僕はノロウイルスらしき症状を発症し、上からも下からも出しまくり、点滴を受けた。うっすら覚えている。このとき、汚物まみれの下着や布団をファルマンに世話してもらったのだが、やっぱりそれを見られたことで、われわれの人間関係というものは一段深まったように思う。
 一段深まったように思う、ではない。とっとと結婚とか、時代を進めろという話だ。これからは心を入れ替えて、まじめに作業をしようと思う所存である。