つながらなろう

 恐ろしい体験をした。
 日々せっせと拵えているショーツを撮影し、インスタグラムに投稿していきたいという思いが、最近になって芽生えた。インスタグラムと言えば、実は既に以前、アカウントは作成していた。しかしそれはminne経由でのpapapokke名義のもので、宣伝目的に出品物を投稿しようという目論見が当初はあったのだが、結局のところいちども投稿しないまま放置してあり、じゃあ縫製作品の投稿にはうってつけじゃないかという話なのだが、縫製作品は縫製作品でも、なにぶん物が、面積だいぶ小さめのビキニショーツなので、papapokkeと結び付けられるとちょっと問題があり(minneの世界にちんこは存在しない)、使えない。
 というわけでpapapokkeとは別のアカウントを作ることにしたのである。それが間違いだった。アカウントを作成するにあたって入力する個人情報は、メールアドレスか電話番号のどちらかなのだが、このとき軽い気持ちで電話番号を入力してしまった。
 それで開設されたマイページを確認していたら、「おすすめ」として、あなたこの人をフォローなさったらよろしいんじゃないですか、という別のユーザーが列挙されるのだが、そこにかつて勤めていた職場の人がいた。少しドキッとしたが、しかしその人は事業主という立場の人なので、そういうこともあるのかな、と思った。本当はあるはずないのだ。投稿数は少なく、当然フォロー数、フォロワー数もわずかで、ぜんぜん偶然現れるレベルのユーザーではなかった。でもそのときは事の深刻さが分からなかった。いわゆる正常性バイアスが働いていたのかもしれない。
 しかししばらく時間を置いて、またインスタグラムのページを開き、「おすすめ」を眺めていたら、最初の人とは別に、またしてもかつての職場の人が現れた。さらに見れば、それ以外にも何人かいた(なにぶん「かつての職場」がやけに多い身の上なのだ)。この時点でようやくハッとした。どうやら電話番号を入力したことによって、互いの電話帳なのかなんなのか、とにかくなんかしらのデータがインスタグラム側に渡り、そこで共通項が見出され、リアルの知り合いとして引き合わされようとしているのだ、と。
 ひゃあああああ、と叫び出したくなる恐怖とともに、慌ててファルマンに相談した。そして即座にユーザー名を変更し、退会の手続きを取ることにした。取ることにしたのだが、手続きをしてから正式に退会できるのは1ヶ月後という意味の分からない制約もあり、いまだ気が休まらない。自分のほうにそれが表示されたということは、相手のほうにも自分が表示された可能性があるということだろう。それが嫌でしょうがない。かつての職場の面々が、なぜかつての職場の面々か判ったかと言えば、彼らが本名で登録していたからで、それがあえての行為なのか、無頓着ゆえのものなのかは確認のしようがないけれど、とにかくネットのサービスにおいて、現実世界の自分が結び付けられることが、僕は本当に嫌だ。mixiの時代から信じられなかった。考えてみればインスタグラムの運営元はあのフェイスブックである。現実とネット世界を分断させない軍の総大将ではないか。とんでもないところに手を出してしまった。
 本当に、どうして現実世界とネットが結びついて、嫌じゃない人間がいるんだろう。現実とネット、完全に分かれていたら、世界がふたつあって、人生がふたつあることになって、得だろうと思うのだけど。僕なんか現実のつながりさえ極力持ちたくないのに、彼らはネットでもそれを求めようとする。貪欲すぎないか。なぜそんなにつながりたいのか。そんなに後ろ暗いところのない現実の人生を歩んできたのか。自分が嫌いだった人も、たぶん自分のことを嫌いだったろう人も、彼らの人生にはいないというのか。そんな人生あるのか。ただとてつもなく無神経なだけなんじゃないのか。
 というわけでほうほうの体でインスタグラムを退散した僕なのだけど、しかしショーツを画像として淡々として投稿していきたいという思いはやはりあり、どうしたものか悩む。インスタグラムではない、画像に特化した感じのブログ的な投稿サイトはないかと探ったら、もちろんいろいろ出てきたが、しかしどうしたって哀しいことに、そんなふうに僕がやっと目的を持って検索して辿り着けたようなサービスのサイトって、インスタグラムに較べて、ものすごく人口が少ないに違いなかった。金持ちであればあるほどもっと金が集まる的な、大手が大手だから強い的な流れに屈することに、悔しい思いは猛烈にあるのだけど、やはり画像を投稿していくのだったら、インスタグラムがいいに違いなかった。
 そんなわけで仕方なく、新しいメールアドレスをこのために取得し、papiroでもpapapokkeでもないまったく新しい人格として、目的のためのインスタグラムを始めることにした。なにぶん登録した個人情報はその急ごしらえのメールアドレスだけなので、現実の僕とそれが結びつくことはない。おすすめのユーザーには、なにわ男子やBTSが並んでいた。それでいい。それでいいんだ。