顔パンツを巡る冒険 2

 とある事情からズボンを作ることとなり、図書館のホームページで「パンツ」を検索窓に入力し、無事によさそうなパンツ縫製の本を予約することができたのだが、その際にキーワードに引っ掛かり、「パンツを脱いで寝る即効療法」なる書影も出てきたので、なんだこれはと、反射的にこちらにもチェックを入れ、一緒に申し込んだ。本は数日ですぐに最寄りの図書館に到着し、すぐに借りることができた。
 本の内容は、タイトルの通りで、とにかくパンツのゴムが人体にとって害悪であるという根拠のもと、日中は社会生活があるのでしょうがないが、せめて寝るときだけでもゴムの害から身を守ろう、そうすればありとあらゆる体の不調が改善する、というものだった。
 これまでぜんぜん聞いたことがなかったが、この本が刊行されたのが平成3年で、その頃はけっこうブームにもなったらしい。文中に、「一日中マスクを着けていることができますか? そんなことをしたら人によっては口のまわりが吹き出物だらけになるでしょう」という記述があり、30年後の世界ではそれが現実になったんですよ、ということを思ったりした。
 ゴムは、きついのはもちろん分かりやすくダメだが、ほとんど締め付けがないような緩さでも、それでも着けている間は持続的な刺激となり、それがやがて病的な自律神経反射を起し、さまざまな病気を招く、と本書は語る。本当かよ、と思う一方で、こういう健康本というのは得てしてそうなのだろうが、そうかもしれない、と感じる部分もあり、そんなことを聞くと、途端に自分の穿いているパンツが、禍々しいもののように思えてくる。今がこんな時期でなければ、すぐにでもノーパン睡眠を実行してみたいが、さすがに導入には向かない季節だ。
 パンツを穿かないということは、性器や肛門が直接布団と接触するわけで、そのあたりに、抵抗を覚える向きはあるだろう。それに対して本書は、シーツは頻繁に洗えばいい、それよりもパンツの中で空気が籠もるほうがよほど不潔だ、と論破する。論破になっているのだろうか。もはや誰が味方で誰が敵なのか、分からなくなってきた。
 サウナに関して、蒸されて、水風呂に入って、休憩して、ととのうとかじゃなくて、要するに僕は裸になりたかっただけなんだ、裸で外気を浴びてベンチに座ったり横たわったりする非日常感を味わいたかっただけなんだ、と気づいた、ということを前に書いたが、ノーパンで寝るというのも、健康への希求とかそういうことではなく、その観点から、興味がある。気持ちが盛り上がると思う。じゃあお前もう、いっそのこと家ではずっと裸の人になればいいじゃないか、たまにいるという、そういう習慣の人になればいいじゃないか、という話のように思われるかもしれないが、そういうことではない。そういう、腹の中に入れてしまえばぜんぶ一緒だから混ぜて食えばいい、みたいな話をしているわけではない。
 それにしても読めば読むほど、洗脳のように、パンツのゴムが忌々しく思えてくる。幸い現状、腰痛だの不眠だの肌荒れだの、そこまでの体の悩みがあるわけでもないが、悟空の重たい道着みたいなもので、ゴムを身に着けた状態で大丈夫なのならば、ゴムを外したとき、僕の健康さはとんでもないことになるのではないか、という気もする。
 さらにいえば近ごろ僕はもっぱらビキニブリーフ派なので、ゴムの影響はなおさら大きいはずである。なんてったって神経が集中しているという鼠径部をゴムで圧迫している。腰回り以外にゴムを使わないトランクス、太ももで締めるボクサーに対し、わざとゴムの害を受けようとしているようなセレクトではないか。この本は、睡眠時にパンツを脱ぐ健康法をひたすら説くばかりで、日中どのような下着を着けるべきかの指南は一切ないが、この手の話になると必ず、「ふんどしが一番だ」という手合が現れる。熱がこもるのが害、圧迫が害、ゴムが害、となると、通気性のいい素材で作られたふんどしが最適解だ、ということになるらしい。たしかにそれはそうなんだろうな、とは思う。しかしながらふんどしだ。ウェブで検索し、販売ページを見てみると、うん、やっぱりふんどしで、見た目に引く。どうしても現代社会とギャップがある。このギャップをどうやって埋めるかといえば、「相当な気概」を持ってその選択をするほかなく、それゆえにふんどし派の人々は往々にして大仰にふんどしを賛美し、それを受けて非ふんどし派の人間はますます引け腰になる。トランクスはすごくモサく、その打開策として進んだボクサーももはやモサく感じられてきて、その結果として僕はいまビキニブリーフ派になっているわけで(ブリーフといっても白いあれではもちろんなく、ショーツとでも呼びたくなるような、表面積が小さくてシュッとしたやつだ)、この道の延長線上にふんどしはない。
 どういう下着を穿くべきか、という話はこの本の論旨とはズレる。ゴムの害である。前半でも触れたが、刊行から30年後の世界、人々は一日中、顔をゴムで圧迫するという、ディストピアとなった。家の中でもマスクをしろ、などという意見もあり、それこそマスクを外すのは寝るときだけ、なんてことも現実的になった。そしてちょうどマスクが顔パンツと呼ばれ始め、それについていろいろ考えようと思っていた折に、僕がこのような本に出会ったというのは、いろいろうまいこと繋がっているものだな、と思う。